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つれづれと草る日記

つれづれと草りたいときに草る日記です。

君に届け

就活

不思議

 

いつからこんな風に思っていたんだっけ

大学に入った頃からあなたのことは何となく気にはなっていたんだけど

ずっと遠くから見ているだけだった

 

それで十分だった
そのはずだったのに

 

年を経るごとにあなたとの距離が少しずつ近づいて

あなたのことをどんどん意識していくようになった

 

ふと気づくともう手遅れだった

はじめは小さな感情だったのに

知らないうちにどんどん大きくなって

この胸に収まりきらないくらい

もう毎日ずっとあなたのことを考えちゃってる

 

来年になったら卒業だから

やっぱり今ちゃんと言葉にしておきたい

 

もし嫌われちゃったらどうしようって不安になるけど

それでも勇気を出して前に進んでいきたい

 

 

 

…わたし、

 

 

 

 

 

 


わたしやっぱり働きたくないでござる!!!

 

 

 

 

 

 

それはもうわたし絶対に働きたくないでござる!!!!!

 

 

 

 

 

 


言っちゃったー ///

 

 


 

 


私は思っていた

 

大学に入って好きなことを目一杯していたらそのうち将来やりたいことが決まって就職して頑張っていくのだろうと思っていた

そして就職して会社で働くことにそれなりに夢も持っていた

だけどいつのまにか価値観が変わっていた


どうしてこう思うようになったんだろうか
私の労働体験を振り返ってみる

 

 


 

 


私の入ったサークルは文化系であった

有意義で活動内容も面白く仲間もいい人ばかりでとてもいいサークルだった

 

が運営体制は企業のようだった
(それ自体は別に良いことでも悪いことでもない)

 

100人の組織は完全な縦割り運営で維持されており

私はその中で確かに必要だが無駄とも思える会議をサボったり
(それは悪いことだ)
上司に皆の前でボロカスに罵られたりと色々なことを経験してきた

 

そしてなんだかんだで身も心もすり減り気づくとサークルを辞めていた

 

 


 

 


私は1年半ほど飲食でバイトをしていた

スタッフは優しく責任感があり指導も丁寧でとても良い職場だった

 

しかし社員さんは毎日10時間近く働き
カラダを壊してしまう社員さんもいらした

 

その方は専門学校卒で私と同い年で頑張って働いてらっしゃる方だった

 

 


 

 


こうしてみると私が働きたくないでござっているのは

 

労働とは時間と肉体と精神を売ることだという偏見が出来上がってしまっているからなのかもしれない

思うのだ

もし仮に労働が時間と肉体と精神を対価にお金をもらうことであるとして、失った健康を回復するためにお金を使うのなら、それは一体何のためになるのかと

 

 


 

 


しかしそれは働きたくない理由にはならない

だってそれなら自分が好きな仕事をすればいいだけじゃないかということになる

 

好きで働く仕事なら

 

・肉体は疲労するが逆に精神は満たされるので±0
・時間は失うが好きなことに時間を使えるから±0
・それでいてお金ももらえる

 

よって全体としてむしろ+
働くことが本当の意味で自分にとって利益になる

 

 

 

うん働きたい

 

 


 

 


わたし働きたくない!

 

それは実は

 

自分が好きだと思えない仕事で働きたくない!

 

という当たり前というか
甘いこと言うなというか

 

そういうわがままで純粋な願望に過ぎなかったか

 

 


 

 


全ての仕事は結局は何かを作ることだ

 

全ての業界がやってるのは結局は何かを作ることだ
(他の人が作ったものを扱う商人も販売サービスと販売戦略を作っているものとみなす)

 

それは独創的でとても楽しいことだと思う

 

だけどサラリーマンの実際の仕事はその独創的で楽しい仕事を縦に割った一つの部署の(場合によってはそこから更にまた縦に割った一つの課の(場合によっては以下略))部分的な作業だ

 

わたしはそれは退屈に思う

 

全体的一個としての仕事はどこにあるか?

 

それは自営業だ

 

農家も理髪店も執筆家も歌手も研究者も料理人もペットショップもメイドカフェも医者も薬剤師もケーキ屋もスポーツ選手も役者?も

 

こうして並べてみるとどうにも幼稚園児の将来の夢ベスト10みたいだな

それがみんな大人になってちゃんと地に足つけて頑張ってるんだよな

 

幼稚園のお遊戯会で将来の夢言わされたけど

やりたいことがなくてサラリーマンって言ったら
親御さん達にめっちゃ笑われて顔赤くしたの思い出したわ

 

あんなに地に足ついた幼稚園児だったのに
それが今やふわふわ地上20センチくらいを浮遊してるんだから
子供のときの評価ほどあてにならんもんはないね

 

いや違うか
子供のときと大人のときとでは逆になってるのがよくあるパターンなんじゃないかな

 

我慢が開放されたり
反対に暴走してたエネルギーが落ち着いたり


なんかぐだぐだになってきた

 

 

 

 

 

ごめんわたし、なんか思ってたのと違ったかも

 

 


ごめんね…