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つれづれと草る日記

つれづれと草りたいときに草る日記です。

鬱から躁へ!(B'z風に)

最近何をやっても面白くないと感じてしまう…

気力がわかない…

なんのために生きてるんだ…

そうだ、死ぬってどんなだろう…

 

そうやってうだうだ妄想したことを気づくとタブレットにメモしている。

 

そして今日、2週間分のメモを読み返して

ふと

自分の心が周期的な運動の様相を呈していることに気づいた。

 

 

 

 

2月10日のメモ
「寒い夜だった。寒さは少しずつ体力を奪い精神も疲労させる。わたしは冬も2ヶ月が経つうちに無自覚に恒常的な無気力症状に囚われてしまっていた。あんまり寒いので天気が恨めしくなって窓から顔を出してみる。すると外は部屋の中よりずっと冷たいのに、何気なく見上げた夜空は寒さを忘れるくらい美しいと思った。何を見ても面白くなく、理由の判然としない苛立ちを感じてばかりだったのに何故そう思えたのかはわからない。しかし日中空を塞いでいた雲と湿気が今まさに突風に吹き流されていくさま、思わず吸い込みたくなるような清廉な冷気、肌が全身冷水で洗い上げられるような感覚、その全てが心地よかった。特に夜の洗われた空気の香りはどんな酒や食事よりもずっと美味しかった。」

非常にロマンチックな抑鬱状態が見て取れる。

 

 

 

 

2月24日のメモ
「享楽主義者なのに娯楽がつまらないと思うようになったらなんだか生きることまでつまらなくなったように思えてくる。最近何を読んでも何を見ても大抵つまらなく感じてしまう。その作品を馬鹿にしてしまうことだってある。最近読んで面白かったのはレオナルドダヴィンチの名言集とブラジャーでアイマスクを作る記事だけだ。楽しければいいと簡単には思えなくなってしまった。簡単に楽しいと感じなくなったから。いつも生きる意味を漫然と考えている。就活が本格的に始まろうとしている今私は自己分析とかそんなみみっちいことはしない。就活にむけて生きる意味を考えている。死に方を考えている。死ぬときに自分が何を思うか分かれば生き方を決められるから。誰かのために使う時間を全て捨ててみて、自分のために時間を使うというのは難しいことだとわかった。何故ならありふれたものは浪費してしまいやすいから。誰かのために時間を使うっていうのは楽なことだ。何故なら他の誰かに自分の時間の使い方を決めてもらえるから。」

やはり無気力気味だ。
2月10日と2月24日の心の状態が似ている。

 

 

 

 

でもこの2週間ずっと無気力だったわけじゃない。
むしろこの2月10日と2月24日の間は自分でも引くぐらいはじけていたと思う。

2月12日【唐突に人生で最も重要なのは愛し愛されることだと気づく】
2月13日【飲み会に参加して幸せを感じる】
2月15日【日本社畜党率いる天才演説家、那智日虎が社畜革命を起こし政権を取る漫画を構想する】
2月16日【急に下ネタを思いつきブログで発信したくなる、そしてした】
2月19日【就活する気になる】

 

 

 

 

もしかしたら14日間で無気力→はじけ→無気力を繰り返しているのかもしれない。
となると明日か明後日あたり壮大な人生の意味に目覚める可能性が高い。
愛なのか。
他の何かなのか。

そうやって思いを巡らせるのが少し楽しい。

あら…

もうすでに次のはじけは心の中ではじけ始めているのかもしれない。

 

ほんのさっきまで

「何をやっても楽しくない…」

とか言ってたのに

 

いやー良かった良かった