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つれづれと草る日記

つれづれと草りたいときに草る日記です。

マイナス思考とプラス思考の対話

想像

「いいところのない人なんてない。どんな短所も見ようによっては長所になる」

活力にあふれた大学一年生だったころのわたしは本気でそう思っていた。

 

そんな私がまさか生きる意味がよくわからないないとか何をしても何となくつまらないとか何をするにもどこかめんどくさいなどと言う人間になるとは思ってもみなかった。

今となってはかつての私が今の私を遡っていった過去の一点で一致していることが信じられない。

過去の記憶の中の風景はまるで並行世界を生きるもう一人の自分の目から通して見ているかのように感じる。

 

大学生22歳男。それが今の自分。

今の私に会ったらあなたは何て言うだろう。

 

「いやほんと短所と長所は表裏一体やで。なんか言ってみてや、長所に言い換えるから」

 

飄々とした顔つきで青年は言った。

シミのないつるっとした頬をしている。

憎たらしいことにこの青年はあまり苦労をしたことがないのだろう。

 

「ああ、言ってやろうじゃないか。最近何をやってもやる気がわかないんだ。というか何もしていないんだ。本当に無気力人間なんだよ。別にそれが悪いことだとかは思ってないんだけどこんなのは別に長所でも何でもないだろ」

 

そうだ。長所とか短所とかっていうのは自分を他者や自分の中の基準と比べて優れているか劣っているか判断して初めて生じる概念であって、虚栄心や自己中心性にとらわれなければそもそも長所がないとか短所があるとかいうことには悩まなくなるんじゃないだろうか。つまり自ら足ることを知っていれば何も苦は生じないんじゃないか。

じゃあなんで俺は無気力であることにこんなにももやもやしているんだ。

無気力であることは悪いことじゃないと思うと言っておきながら、やはりそれはいいわけであって実は無気力状態に不満を抱いているのだと認めなければならない。

苦楽は表裏一体だから苦を捨てれば楽も生じないのではないだろうか。

ちょうど幸と不幸が見かけの姿を変えて何度も繰り返されるのと同じように。

だから俺は楽を心のどこかで捨てきれないでいるのに、苦を捨て去りたいがために楽まで一緒に手放そうとしているのだ。

己の中に大きな矛盾を抱えていることに気づかないあほうよ。

 

ああ。

悩みの正体を見切った。

 

「無気力っていうのは心が落ち着いているってことやろ」

若い青年が答える。

 

やっぱりなんか浅いな。でもなんでも頭ごなしに否定するのは良くない。

 

「ああ。そうかもしれないな」

言ってみて確かにそうかもしれないと思った。

無気力はプラスでもマイナスでもない。

ゼロだ。

 

「他にないん」

若い青年はどうやら短所を長所に言い換えるゲームに興じたいらしい。

おそらく人の悩み自体にはさほど関心がもてないのだろう。

若い勘違い京大生にありがちな自己中心的な人だ。

ああ。こいつは俺かもしれない。過去の自分のことを活力あるプラス思考の若者だと美化していたけれど、その実は自分のことしか考えていたくないと思っているから、他の人の悩みは冗談みたいに流してしまえる自己中だ。なぜ他の人がそんなことで悩むのかわからない。だから短所は長所だと言うし、自分は他の人よりも悩まない性質なんだと思っている。でもたぶんまだ悩んだことがないだけだ。たまたま今まで悩み事に出会わなかっただけだよ。

 

「じゃあ俺ちょっと理屈っぽいかも」

 

言葉遊びに付き合ってやることにした。

もうすぐいろいろ悩むことになるよ。

でもだから今じゃなくていい。

飄々と生きている葦にわざわざ誰かが向かい風を吹き付けてやる必要はないさ。

 

「それは頭がいいってことやん」

青年は笑いながら言った。

 

そうだった。

こいつはいいやつだった。

 

お前は俺だよ。

 

梅雨明けの青空を仰ぐと、葉の生い茂る幹越しに夏の日がまぶしい。

まだ6月だというのに気の早いセミが鳴いていた。